子供を叱らないお母さん
毎朝通る、大きなミカンの木のある家。
年長と年少の子供二人で、保育園に通わせているのだが、朝の登園中に、子供たちが走り回ってその家の向かいの駐車場に立ち入り、砂利を拾って大はしゃぎで遊んでいた。行くよ、と私が注意するのだが、注意されたことでまた火が付いたように走り回り、石を投げ、奇声を発し、現実逃避の大騒ぎ。
それ以前に、家の玄関をなかなか出たがらず、ママは絶対に時間を守って仕事に行かなきゃならない、時間に行かないなら、おうちもゴハンも無くなるよ、と叱って叱って叱りつけて大声で泣かせながらようやく家を出たところなのだ。早く、という言葉は使わない努力はしているが、催促せずに行かせるのは困難。園へ行ってしまえば気分も変わるから、休まず活動して人と関わって過ごしたほうがいい。
「石投げちゃダメだぞ!お母さんちゃんと叱らなきゃダメじゃないか!」
と頭の上から怒鳴り声。ミカンの木の家のご主人だ。小さな孫がいそうなくらいの男性だ。私は黙って振り向かずに子供たちを引っ張って立ち去った。
うちの子の育て方は誰も教えてくれない。一方で、毎日のことなので戸惑い感はない。日々、自分の信じるとおりにするけれど、日々失敗。お母さんは育児のプロじゃない、とか自分に言い訳。
次の日は、小さな簡易ベビーカーに二人重ねて座らせ、さっさとミカンの家の前を通過。このベビーカー、耐荷重15kgだったかな。二人で38kg、どっちもベビーじゃないけれど、時間に間に合うことが最優先なので、朝からしつけはもういい。急な坂道を全力で押していく。惨めな気持ちになる。
ある日、ミカンの家のご主人が、ミカンを収穫していると、ひとつ転がって、ものすごく転がって、大通りに飛び出しそうになった。つかまえて、落ちました、とご主人に渡した。
「いいよ、持って行きな。一つじゃつまんないか、あんまりおいしくはないよ。」
と二つのミカンを下さった。
しばらく置いて、剥いてみると、夏みかん系の、何だろうか、薄皮が柔らかくデコポンのような、そんな感じ。爽やかな香りで、食べるとかなり苦い。子供も顔を歪めた。これが自然のナツミカンだよ。
そこのご主人が週に一度くらい、ゴミ置き場の当番表を掛け変えるのを、子供たちが朝ワクワクしながら見守っている。
「つぎはDだよ!おとうばん、Dだね!」
と子供たちが大はしゃぎ。ご主人もにっこり笑う。
育児の困難は最終的に、お母さんが頑張ることではなくて、第三者が関わることでしか解決しない。この街に、人と関わろうとする人、おせっかいな人が、増えるといいなと思う。