オンラインカウンセリング。生年月日時と顔立ちの統計学からタイプ分析する、問題解決型のカウンセリングです。パートナー関係、家族関係、会社の人間関係が図解で分かり、離婚すべきか、など答えの出るカウンセリングです。スピリチュアルではありません。占いとは少し違い、未来の言い当てはありません。運勢の良し悪しや吉凶は見ることができません。

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不幸自慢をする人の心理

 

不幸自慢をするAさん。自分の身の上を語りながら、毒親について、DV夫についてなど、さんざん家族についての文句を言う。

私もそういうことがあったから分かるよ、と自分の不遇な経験を持ち出して共感を返すBさん。

そうするとものすごい腱膜で怒ってBさんとの縁を切るAさん。Aさんの怒りの内容は、Bさんが自分のことばっかり話して自己中心的だ、重い話はストレスになるから勘弁して欲しい、というもの。

この不思議なやりとり、Aさんにとっては、せっかく自慢をしたのに、上を行く不幸を語られると、不幸比べに負けた気がしてこの上なく腹が立つのだと思う。不幸を笑顔で語る人の場合、意外に共感は求めておらず、賞賛や承認を求めていることが多い。せっかく頑張ったのだから、すごい唯一無二の経験をしたんだね、と特別視されたい。同じ土俵に立たれたくない。

少し違う言い方をすれば、もちろん自己中心的なのはAさんの方だと思うが、Aさんは自身のストレスで人の話を聞く余裕がない。そのため、共感し合うところまでいかない。結果、自己中心的にならざるを得ない。

これが「不幸自慢」というもの。不幸話をしてはいけない、ということではない。「不幸自慢」と「信頼する相手への相談」は異なる。その不幸話が「自慢」に当たるかどうかは、問題の原因を他人や外部に求めて人を見下す態度、が鍵だと思う。親のせいで、という他責や、みんな馬鹿ばっかり、というような、人を十把一絡げにするような発言や、これだから男は、女は、と属性を一般化する発言。

人はみんな未熟で、人生という道の途中だ。そういうAさんのような人の話を聞いてあげるのも悪くない。根底には、一人で苦労したことに対して、寂しさがあるのだと思う。こういう時は、相手の話に共感を示そうとして介入せず、あまり真剣に受け止め過ぎずに聞いておくのが良いかもしれない。ただ、「大変でしたね」「頑張ったね」と。Aさんもいずれその段階を卒業するかもしれない。Aさんはそういう人、と決めつけないことだ。間違ってもアドバイスをしないことだ。やはり笑顔に見えてもつらいのであって、ご本人にとって、上から分かったような意見をされることが最も苦しい。あと、今後のブログで書くかもしれないが、自己中はダメではなく、人として自然ではある。

もう一つの「不幸自慢」に、自分がいかにダメ人間であるかを確認したい、という場合もある。「そんなことないよ」と声をかけると不満げだ。この場合もまた不思議で、自分がいかにクズであるかを確認して安心したいので、自己否定を否定されると不安になる。もちろん、「そうだねダメだね」という共感も傷つくので、「そう感じるんだね」と流れに逆らわない反応を返すことだ。

他にも、共感が欲しい場合もあると思うが、推察しにくいちょっと不思議な心理の例を選んでみた。

また、自慢ではないものの、笑顔で不幸話をする人の場合。これは私自身も、不幸話を笑顔で話すことが可能だ。そういうことを話さなければならない場面が多いので話し慣れていて、不幸を扱うことに慣れていて、その外の世界をよく知らない。不幸を乗り越えて生きてきた自分を誇らしくさえも思っているし、それをネタに仕事をしている。いつでも軽い気持ちで話せてしまうからこそ、話す場面を意識して、話し方も選んで、基本言わない方が良い、と思っている。

小澤征爾さんと江戸京子さんと入江美樹さん分析

 

生年月日時カウンセリングをやっていますが、個人情報を公開しても問題ない方の生年月日を公開分析します。

亡くなられた小澤征爾さんの分析。小澤征爾さんの奥様は、ハーフのモデルの入江美樹さん。元奥様はピアニストの江戸京子さん。今年に入って、江戸京子さんが亡くなると、その直後に小澤征爾さんが亡くなった。

まず、生年月日時を60干支に置き換えて図を描く。出生時刻は顔立ちから推定できる。この方法は私が日々人と接するうちに気付いたもの。何かを学んだものではない。

驚いた。稀に見る究極の相性が、小澤征爾さんと、元奥様の江戸京子さん。60干支には、30通りの決められたパートナー干支があるのだが、「17庚辰」には「22乙酉」がパートナー。お互いに好みのタイプで見た瞬間から気になる相性。生年月日時同士の平行線は、話してみてぴったりだと感じる相性。図形自体もすっぽり重なっていて、行動範囲が近いため何度別れても繰り返し出会うことが多い。さらに、小澤征爾さんと江戸京子さんの没年月日。当然のことながら日が近いので二人ともそっくりで、ぴったり重なる。

一方で、入江美樹さんは、彼女自身が魅力的で、相性としても悪くないが、江戸京子さんほどの注目点はなく、江戸京子さんと似たところのあるタイプ。人々に影響を与えて大きく活躍するインフルエンサー的素質を生まれつき持っている。

小澤征爾さんだけを見ていくと、生年月日は交友範囲は狭く自分の創作の世界に篭りがちであるが、強く自分の目標を貫く性格。それに対し、没年月日の形は、世界に影響を与える変わり者タイプに変身していて、社会と広く関わり合いながら活躍するビジネスマンでもある。大きな変貌だ。もちろんそうはいっても同一人物なので、生年月日と没年月日に共通点は多い。江戸京子さんの方は、大きくは変わらず、生涯ご自分らしさを貫いて花開き、満足された形だ。

注目すべきは、お互いの生年月日と没年月日がどちらも複数の平行線を描いている点。小澤征爾さんの没年月日が奥様の入江美樹さんの生年月日に年月をかけて少し寄ってきたとも見えるが、やはり小澤征爾さんと江戸京子さんの没年月日の相性は似たもの同士で完璧。離婚してしまったのがもったいないのか、離婚したからこそ良い関係を築けたのか、どちらとも言えるが、やはり生涯にわたって影響を与え合い、思い合って亡くなられたことは、没年月日から読み取れてしまう。

亡くなられてしまったが、素敵な人生を歩まれたのだな、と少し温かく思う。

空に龍の巣

 

息子が帰宅するなり、空がすごいことになってる、龍が降りてきそう、と私を外に誘った。神秘的。

好きだなあ、息子の観点。

中学生の電車賃は「子供料金」にすべき

 

中学生の電車バス料金は、「子供料金」にすべきではないだろうか。子供用ICカードには生年月日が登録されている。

まだ交通系ICカードが無かった頃の、見た目だけで大人か子供かを判別していた時代の名残りで、中学生から大人料金を取っているように思う。

通学定期になると、中学生料金が設定されているようだが、小学生の倍ほど高いのも、無意味。どちらも義務教育だ。

ちなみに、子供用Suicaで中1が改札を通ろうとすると、ブザーが鳴って、登録切り替えを促され、窓口で「小」の文字がうっすら消されたものを渡される。ならばせめて高1でそのブザーを鳴らしてほしい。

子供の小遣いを思うと、あまりに高額な、中学生の交通費。

続・イラストの基本、人の顔の描き方

 

今日は小6の娘とSTARBUCKS。

絵が上手くなりたい、絵師になりたい、という話をした。娘のお友達の間では、絵の上手い人のことを「神絵師」と崇める。

子供の絵。

その特徴に当てはまってしまうと、可愛く描けば描くほど、下手に見えるという現象が発生する。

◎目が大き過ぎる。
◎瞳が大き過ぎる。または内側に寄っている。
◎「顔」対「頭」で頭が長過ぎ顔が下に寄っている。

子供の感覚だと、目を大きくすれば可愛いだろうと思いがち。実際は幼稚な絵になり、どことなく下手に見える。

神絵師になるには。

アニメ『呪術廻戦』の絵を見せながら説明した。アニメの中でも特に描画技術の高いアニメだ。プロの絵は頬や白目など、顔の余白とも言える部分で表情を表現している。目や瞳が小さいからこそ、強烈な表情が表現できるのだ。バランスと間合いを大切に。

呪術廻戦みたいな絵は、今描きたいものと、たぶん違うだろう。でも、志すならプロを見て欲しい。

夢中になれることがあって良いな。

 

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セミファイナルの季節がやってきた

 

ツクツクボウシしか、鳴かなくなった。夏も終わりだなあ。と思った先日。今日は、ツクツクボウシも鳴かなくなって、ところどころ、ひっそりとカネタタキが鳴く。リン、リン、リン、リン、リン。

不思議だねえ。あんなにうるさかったセミたちはどこへ。木の下に大量に落ちていたりもしないのは何故。

夏の間、息子が楽しそうに言っていた。

セミファイナルは、ひっくり返って6本の足がぱっと開いて、触るとものすごい飛ぶから要注意!

足が閉じてるのは、もう動かない。

ここ数日、そのセミファイナルも、跡形もなく。

どんどん季節が巡ると、この季節もあと何回か、限りがあるのだなと、少し寂しくなってみたり。少しだけ秋の心地良い空気。

『不登校ママたちのお話し会』東戸塚

 

横浜で『発達凸凹ママたちのお話し会』をやっている主催者さんに声をかけていただいて、『不登校ママたちのお話し会』も開催することになり、チラシとホームページを作りました。

特にホームページは、ボランティア団体らしく、素人が頑張って自分で作った感じに見えることを目指して作りました。チラシは、女性だけでいっぱい話せる会とのことで、女性らしいイメージで。主催者さんの繊細なイメージでお花を並べてみました。

第1回は8/8東戸塚。

https://rainbowdrops.jp/any/

黙って聞いているのではない、本当の傾聴とは

 

横浜市泉区の「学校に行きづらい子を持つ親の会 ハピネス」の代表の方とウェブ制作の話し合いをした。

その後で、親の会の活動にも参加してみた。みなさん、人の話を聞く姿勢がすごいことに驚いた。話すと一瞬ぴたっと静まって聴いた後に活発な意見が返ってくる。聴いてもらえた満足感が半端ない。

傾聴とは。

黙って聞く、話すより聞く、は、私の考える傾聴ではない。

1. 関心を持ってひととおり聴く。

2. 質問をしたり、自分の経験を話したりする。

3. たくさん話した後、相手の話題に戻す。

聴くこと自体よりも、リアクション。相手の話題を自らすることが傾聴ではないのか。日頃そう思っていたところ、実践している方々に出会えて、確信した。

そんな印象的な会だった。意義のある活動をされている団体だと思う。

小学校の修学旅行で乗り物酔い続出、見直すべき

 

遠方他県への修学旅行や校外学習、そろそろ見直しても良いのでは。

うちの娘は元気に帰ってきた。「バスに乗ったら誰とも話さず、寝る」を強行した様子。

半分くらい寝ていたので、全ての様子は分からなかったが、乗り物酔いする子が多かったようで、娘のクラスは保健室の先生も乗り込んで、大人4人体制で忙しそうに介抱していたと。子供たちは次々と嘔吐し、全体の半数くらいの子は、いろは坂でぐったりしていたように思うと娘は言う。

何をやってるんだか。

体調を崩すことが分かっている子供を、計画どおりに体調を崩させている。学校として、あってはならないと思う。乗り物酔いを甘く見過ぎだ。

虐待においては、「殴る蹴る」よりも圧倒的に、「体調を崩させる」方が破壊力抜群であると覚えておいてほしい。前々から準備させて、当日の嘔吐に持ち込むのは慣習化されたサイコパスだと、そろそろ気付いてほしい。

小学生だと、乗り物酔いの子は、どのクラスにも必ずいる。その時点で、「横浜~日光」の旅行は、まだ早いのではないだろうか。「東照宮」や「華厳の滝」に興味のある小学生がどれだけいただろうか。そうではなく、みんなで同じ宿でご飯を食べて、一緒に遊んで寝て、思い出を作りたいだけだったのではないだろうか。県内にも大自然や歴史建造物はある。遠方他県へは、行きたい人が家族で行けばいい。

変な話、私が子供の頃は、先生が介抱したりすることはなく、バス内に垂れ流しだった。それよりは先生方が頑張って下さっているが、大きくは変わらない。

体調を崩させる教育は、見直すべき。

映画『怪物』だーれだ?

 

映画『怪物』を観た。

ネタバレしない程度に書くけれど、自分の思いと重なる映画だった。

人は勝手に、人の悪意を想像する。

私は小さい頃から、人は悪意に満ちていると教わって育った。そこには私自身も含まれていて、生まれながらにして加害者だった。私のやっていないこと、考えていないことが、日々事実となる世界。ステレオタイプから外れるだけでも悪。それが、周りから見たら正義なのだ。人は、悪者を決めた方がこの世界を理解しやすい。

私は、人が悪意に満ちていると思ったことは一度もないと思う。怠惰や臆病はあると思うが、そこにも背景があって、なるべくしてそれなりであるものだ。

映画の鑑賞者の観点は、現実にはないもの。多面的であり、全体像を捉えることが出来る。起こったことの全てに気付いてあげることが出来る。この映画を観ていると、何だか気付いてもらえたような気分になる。ほっとした。