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ヤブ医者

 

妊娠出産という医療分野があまりに未開だと思う。

10月の出産以来、手荒れがひどく、12月には
指全体の指紋にそって1mm間隔で無数の亀裂が生じ、血がにじんでいた。
ちょっと指を動かしただけでまた、ぴきっと亀裂が増え、
あまりの痛みで肘まで痺れてくる。
ちょうどススキの葉の束を手全体でぎゅっと握りしめている感覚だ。
毛羽立った手の皮膚が、いろんなところにカリカリと引っかかる。

手だけではない。足のつま先もかかとも同じようになっている。
固くなった皮膚に深い亀裂が入り、地面に足を付くだけで、
ズキン、ズキン、として歩くのも嫌になる。
特に、血液と靴下の繊維がからみ合っている感じが、ぞっとする。
今まで、世の中の「かかとケア」というものを軽視していた。
まるでかかとの綺麗な女はいい女だと言わんばかりのCM。
かかとごとき、別に誰も見ないんだから、と思っていた。

また、全身が乾燥して痒く、ときどき諦めて
血が出るまで掻きこわしてしまう。特に、すねや腰の後ろ辺り。

子供がいなかった頃は、手荒れなんて、したこともない。
乾燥タイプの肌ではあるものの、手がひび割れるなんていう経験はなく、
食器を洗うのにゴム手袋をしたりということもない。大掃除も素手だ。

第一子が生まれる前と後も、全く同じひどい肌荒れだった。
その時は季節が逆で、一番ひどかったのは7月の猛暑期。
まず最初に、抜け毛で頭頂にぽっかりと地肌がのぞき、次に口角がただれ、
そして足がひどくひび割れて、歩くのが困難なほどになった。
次に手荒れでボロボロに。皮膚科に行った。
1年後には気がついたら治っていたと思う。

今回もまた皮膚科に行ったが、また同じ嫌なことを言われた。
「赤ちゃんがいると、何かと手を洗いますよね。
 オムツ交換とか授乳前とか。哺乳瓶の消毒もしてますか。
 これは手の洗い過ぎ、洗剤の使い過ぎなんですよ。」
私が違うと言っても、洗剤、洗剤、水仕事、と譲らない。
だいたい、症状は手だけではない。
私が足で皿を洗っているとでも言うのか。
冬だからでもない。前回の産後のこの時期は真夏だった。
処方箋のステロイド剤とハンドクリームをこまめに塗るようにと言われ、
低刺激の洗剤とシャンプーのサンプルを戴いてきた。

実は私は、もともと神経質に手を洗う方で、
だから逆に、赤ちゃんが生まれたからといって、
手を洗う機会が大幅に増えたとは思わない。
普段から手が汚れないように何かと気を遣っていて、
料理中の手で冷蔵庫や引き出しを開けないし、
家の中のドアノブから何から、いつも綺麗にしているので、
赤ちゃんに触れる前に特別に手を洗ったりはしていない。
それに、この症状が始まったのは、出産の少し前からだ。

夫が、近所のあそこはヤブ医者だから、と心配してくれて、
言われるがままに、総合病院の皮膚科へ行ってみた。
手荒れで病院は大袈裟ではないか、と思いながら。

私よりもやや年上かなと思う、そこそこ美人の女医さんが出てきた。
「お母さん、頑張ってるでしょー。ねー、これ、つらいよねー。
 赤ちゃんが生まれると、すごく手を使うでしょー。
 オムツ替えのたびに手を洗ってさぁ、おしりふきだって荒れるのよぉ。
 洗濯物だっていっぱい触ると、こうなるのよぉ。
 食器洗いはゴム手袋、してるかなぁ。
 子供二人育てるって、大変よぉ。冬だしねぇ。」
私が、子供一人も二人も変わらないと言うと、
「お母さん、偉いわぁ。そうやって、頑張ってんのよぉ。」
と言って、ポン、と私の肩をたたき、微笑んだ。
私がどんなに説明しても、妙に親身になってくれるだけで、
手だけではないこと、期間限定であること、
前回は夏だったが同じようになったこと、産前からだということ、
が伝わらない。

おっしゃるには、こまめにハンドクリームを塗ることなんだとか。
私が、ハンドクリームはどうしても手がべとついて不快極まりなく、
身の回りのものも、育児記録のノートも、何よりもパソコンが
ねっとりして嫌だと言ったら、
「じゃあ、育児が大変で、塗る余裕がない、と。」
そうじゃないと言うと、
「まあ、大変でしょー。カルテに書いておきましたから。」
と言われた。何て、お役所的な。

私は対処療法は嫌いだ。全く根本的解決になっていない。
荒れたら塗る、とかいうことではなく、
なぜ産後だけ皮膚が過敏なのか、どうしたら荒れないか、
を聞いているのに。

受診の後に、言われた通りに、こまめにハンドクリーム、
何でもゴム手袋、を実践してみたが、症状はほとんど改善しなかった。
寝る前には専用の手袋をして寝たが、それも無いよりはマシなものの、
飛躍的な効果はなかった。
足は、足裏ケアソックスと角質除去クリームで改善した。

私の見解として、まず根本の原因。
ホルモンバランスの変化だと思う。
まず出産があって、その後一年近く排卵がなく、
一年間くらいは母乳で育てる。
産後というのは、体が極めて特別な状態にある。
女性ホルモンは肌を乾燥させる傾向にあり、
人によっては過剰に肌が乾燥したり、脱毛などが起こったりしてしまうのだ。
母乳に栄養を取られているから、ではないと思う。
母乳そのものが原因であれば、赤ちゃんの飲む量がどんどん増えるとともに
重症化するはずだが、そういうわけでもない。

ホルモンバランスを整える薬などあれば、それで改善しないのかなと
素人的には思うが、そのような薬が処方されることはなかった。

環境で改善できる部分は、私の場合は、お湯。主にお風呂だと思う。
自分だけでなく、子供も洗うようになるので、
長時間お湯に触れることになる。お湯は洗剤よりも肌を荒らす。
洗剤が原因であれば、本当は手だけが特にひどく荒れるはずだ。
また、湯上がり後に、赤ちゃんの世話をしていて、
自分の肌の手入れが遅れる。
考えてみると、今までは体を拭いた直後に、顔にクリームなど付けていて、
それで手も潤っていたのだが、
今は、赤ちゃんに服を着せて、授乳などして、寝かしつけた後に、
やっと自分の世話をすることになる。

こまめにハンドクリームを塗っても改善しなかったものが、
お風呂のことに気づいて、思い切って赤ちゃんの世話の前に
自分の世話をするように頑張ってみたところ、
翌日には変化が見られ、一週間ほどでかなり傷のない手になってしまった。
あまりにあっけなかったので、もしかして、たまたま良くなる
時期だったかなと思い、手入れを怠ってみたら、
すぐにひび割れが再発したので、一日一度のお風呂上がりの
手入れが、最も効果があったようだ。

私は塗った後のべとつきが気になるので、
三日坊主にならないために、塗った直後に綿の薄手の手袋をするようにした。
こうすると、お風呂上がりのふやけた手を、衣類の着脱時の摩擦から
守ることもできる。この状態で文字を書くこともできる。
衣服を着用する前にクリームを塗るのがポイントだ。

人によっては、体質も違うので、洗剤やおしりふきが環境的
引き金になっているという人もいるだろう。
そういう人は、手荒れだけが特にひどいはずだ。
ちなみに、べとつかないようなハンドクリームは効果がなく、
特に市販のジェルタイプは、私は逆効果だった。

インターネットでも、手荒れについて検索したが、
どのクリニックも、同じ見解。
「赤ちゃんが生まれると、急によく手を洗うようになります。
 洗剤は低刺激のものを使いましょう。」
みんなヤブ医者かも。