:: rainbowdrops ::

兄と妹

 

「ママおきて。びんちゃん、ぎゅうにゅうじかん。」
と言って朝起こされる。私は牛ではないが。
そして赤ちゃんに顔をすりすりして乗っかりそうになり、
「びんちゃーん。」と言って嬉しそうに笑う。「り」が言えない。
「あし、ちっちゃい、おてて、ちっちゃいよ。」

色違いの毛布を指しては、
「ほら、みてみてー、いっしょ、いっしょだよー。」と何度も言って笑う。
私が別の部屋にいる時でも、下の子が泣き出すと、走って呼びに来る。
「びんちゃん、ないてるー。ママ、びんちゃん、だっこ。」
子供である自分の方が赤ちゃんの言葉が分かる、と思っている。
たしかに的確な通訳だと思う。

思ったとおり。
息子は、自分に優しくしてくれる私よりも、
人に優しい、そういう私が好きだ。
私が下の子を泣かせっぱなしで放っておくのは特に嫌だ。
だから息子は下の子にやきもちを妬くことはあまりなく、
むしろ、下の子をちゃんと可愛がることを私に求めてくる。

上の子最優先だとか、お兄ちゃんだからとか、
そういう育て方はしないつもりだ。
自然にしていれば、兄妹は自然に関係を築くもの。
もちろん最初は、赤ちゃん返りというか、心境の変化はある。

下の子が生まれて一か月頃がピークだった。
毎日、興奮し過ぎて叫んで、耳が割れるほどの大声を出していた。
ゴミ箱をひっくり返し、おもちゃ箱や引き出しの中身をぶちまけ、
ガラスの小物を割り、植木をむしり、紙を粉々に破り、
食卓のイスやベビーチェアまで全部持ち上げて逆さまに叩き付け、
ワインラックをワインごと床に落とし、そしてニヤニヤと笑うのだ。
保育園では一度も大きい声を出したことがないらしく、
このことを話すとびっくりされる。

あまりに行動が乱れているので、保育園の行き帰りはベビーカーに
していたが、歩かせてみたら、3分ほどの距離を1時間くらい
かけて歩く。特に駐車場の入り口の遮断機が好きで、
「ふみきりーっ。」と言って走って行き、帰ると言うと座り込んで泣く。
前に走り出したかと思ったら急に引き返し、
赤信号の横断歩道へ飛び出したりする。
下の子を抱っこしていて体が空かないので、
息子を抱っこして捕まえることができない。

偏食は進み、食べ始めた直後に、
「いらないっ。いらない、いらない、いらないっ。」とすべての皿を遠ざけ、
「つぎ。みかん、バナナ、りんご、・・・。」と食べたいものを次々と言う。
ご飯を手づかみで食べてみたり、
フォークですくい、スプーンで刺して食べてみようとする。
そしてまたイタズラっぽい笑顔をするのだ。

言葉も乱れ、
大丈夫かと聞けば、「だいじょうばない」。
買わないよと言えば、「買わる」。
角に足をぶつければ、「ここいたいのぉ・・・こっちいたくないのぉ。」
と反対の足は痛くないことまで泣きながら説明する。
「いらない、つぎ。みかん、たべる。かき、たべない。」
と要らないもののことまで言う。

変なスイッチが入った感じだ。
家族が増えるという変化、赤ちゃんの泣き声、すぐには慣れない。
そんな時、私だって初めてなので少々の戸惑いがあり、叱り過ぎて
負担をかけないようにと、気を遣ってしまった。

でもそんなことは、息子は望んでいなかった。
私に歯を磨かれるのも何をされるのも、ギャアギャア言って嫌がるけれど、
かといって私に世話をしてもらえなかったり、遠慮されたり、
甘い態度を取られるのはもっと嫌なのだ。
いつもの毅然としたママが良いのだ。

それに、自分はパパが好き、と思い込んでいて、
私のことが好きかどうかは、考えたことがなかったのだろう。
今まで片時も離れることなく、あまりに近くで生活してきた。
私がいなかったり、私が赤ちゃんの世話をしたりするのを経験して、
重要なことに気づいたようで、私に優しくされるたびに、
大泣きして逃げ回っていた。

二か月経てば、すっかり落ち着き、とはいっても、
ようやく普通に反抗期の2才児らしい姿が見られるようになった。
「トイレ行かないのっ。」とトイレを拒み、
「おてて、つながないのっ。」と言って外で一人で走り出す。
手をつなぐことを拒んだ時は、私は一旦物陰に隠れて見えなくなり、
それから静かな声で誘拐の話をする。よその子になる、
もうずっとママに会えなくなる、おうちにも帰れない、と。
そうすると怖くなるようで、
しばらくきちんと手をつないで真っすぐ歩く。

夫と息子は今まで以上に仲良くなった。
保育園から帰ってくると、二人でどこかへ出かけていく。
マンションの地下にゴミを出して、ポストをチェックして、
駐車場に止めてあるウチのバイクにまたがってみて、
それから、コンビニでお菓子を買うのだ。
夕食前にお菓子はあまり食べて欲しくないが、
そういう遊び心は良いと思う。
私が一人で育てたとしたら、真面目な面白くない家庭の子に育つことだろう。

息子は下の子とまだ一緒に遊べないので、それほど関わろうとはしないが、
たまに誰も見ていないうちに、コソコソと全くの無意味語を話しかけ、
それに下の子も何となく返事をし、笑っていることがある。
子供同士で通じ合っているようだ。
外出先で下の子が泣き出して、私が抱っこすると、
そこへじっと顔をすり寄せてくる。
よその人から、やきもち妬いてるね、なんて言われるが、
そうではない。妹を守りたいと思っているのだ。

朝起きるといきなり、
「これ、びんちゃんだよ。これ、しゅんくんだよ。」と指した。
自分と赤ちゃんが、同じくうちの子供であるということに気づいた、
そのことが、息子にとっては新鮮なのだ。
最初は、妹とは何か、がピンと来なかったのだろう。
今でも、よその人に下の子の話をされると、
「あかちゃんうまれたよ。」と答える。

息子が生まれた時から何となく、この子には妹が良い、と思っていた。
洋服も、お下がりを考えて最初から中性的なもので揃えた。
結局、季節が真逆になってしまったので、春物の新生児服は使えても、
息子が4か月頃までしか着なかった70cmサイズはどれも半袖で使えない。
80cmは秋物のみだし、冬物は90cmからになる。
でも、下の子には女の子らしい新品の冬物を着せることができて満足だ。