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出産の一部始終 入院生活編

 

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そこから荷物をまとめて病室に移動した。
産科には、この病室と、陣痛室と分娩室がある。
見覚えのある、前回の出産時の隣のベッドだ。
外の光がほとんど入らず薄暗くて、
各ベッドがカーテンで完全に仕切られていて静かだ。
ここでの6日間の生活が楽しみで仕方がなかった。
育児という終わりなき運命へのモラトリアム。
5日か6日の入院で、今回は迷わず6日を選んだ。
猶予は6日でもまた足りない。1か月くらい入院できたらと思う。
着いてから、荷物の整理をした。余裕があった。
前回の出産では、少し動くだけで目眩がして、
荷物に手を伸ばすことも難しかった。

母子同室用の部屋が満室で空かないので、
一般の病室に通されたが、そのままここで良いと言った。
今、母子同室の部屋はインフルエンザ感染予防のため、
母子以外の来訪者は入れないことになっている。要するに、
母子同室になったところで夫や息子は赤ちゃんに触れることが出来ず、
逆に私が来訪のたびに起きて部屋を出なければならない。
家族が枕元に揃ってこその母子同室だと思う。
今はどちらかというと、赤ちゃんよりも
息子と一緒にここで過ごしたい。そんな思いだった。

12時、昼食が運ばれてきて、美味しくいただいた。
ここからは前回とあまり変わらない。
前回も余裕で完食し、回ってきた助産師の方に、
余裕です、と笑顔で強気に答えた。
他人の作ったものは美味しい。
黙って寝ていて、何もしないのに食事が出てくる。
いくら料理が好きでも、ありがたい。

食べ終わると、しばらく横になって隣近所のベッドの様子を聞いていた。
見舞いや助産師の方との会話の内容からすると、
妊娠中の不調でずっと入院している方がほとんどのようだ。
絶対安静で毎日洗面道具が運ばれてくる方もいて、助産師の方に
もうこんな生活は嫌だと泣き言を言ったりしているのが聞こえてきた。

初めての授乳は16時、次は19時、初日だけ夜間は休ませていただいて、
朝7時から3時間ごとの授乳が始まった。昼も夜も休みなく。
夜勤の助産師の方が、夜中も最高の笑顔で丁寧に
授乳の指導をして下さっていて、頭の下がる思いだった。
独特のミルクの香りのする薄暗い部屋だった。
母乳は前回同様、最初からよく出た。
どんどん張ってきて痛くてペットボトルの水で冷やした。
途中から、時間にかかわらず泣いたら呼んでいただくように変更した。

一緒に入院して授乳していた方々と新生児室で仲良くなった。
最後の方は、夜中に用もないのに雑談で盛り上がって
ずっと新生児室で過ごした。そんな体力の余裕もあった。
楽しい合宿だった。雑談するうちに、
隣で出産した方が、夫と同じ出身地と分かり、
さらに高校の同級生だと分かり、夫にメールしたら、
覚えてるよ、と返ってきた時は本当に面白かった。
たまたま前後に出産した人の人数がとても多く、
さらに大柄な子が多くて、うちの子が普通に見えた。
男の子が多かった。

息子が毎日お見舞いに来てくれた。
普通に笑顔で機嫌良く、全く甘えるでもなく、むしろ甘えず、
私のベッドに飛び乗り、走り回って遊んでいた。
お兄ちゃんになったお祝いに、
走ると光る救急車のミニカーをプレゼントした。
そのミニカーを毎日手に握りしめてきた。
息子と少しも離れたことがなかったから、あらためて見るたびに、
私にものすごくそっくりな子供が来たなあと思った。
常にぴょこぴょこと弾むように笑いながら走り回っていた。
口数が多く、こんなにいろんなことが話せたっけ、とも思った。
たかが一週間だが、離れて客観的に見ると、何かと成長を感じる。
毎回、「のーりーもーのーあつまれー」と乗り物の歌を歌いながら
赤ちゃんとガラス越しに面会して、「ママバイバーイ」と言って、
にぎやかに去っていった。
出産直前に買っておいた真新しい16cmサイズの靴を下ろして履いていた。

あと思い出すこと。
2年前と違い、ベッドサイドには個人用の冷蔵庫が新しく入っていて、
ペットボトルの飲み物をときどきまとめ買いして入れておいた。
今回は出産の翌朝から地下の売店に買いに行く余裕があったのだ。
お風呂はシャワーのみで、毎日ホワイトボードに予約を書き入れる。
夜の20分枠と昼の30分枠とあるので、私は絶対に30分枠。
一日一回、清掃が回ってきて、ベッドの上をコロコロで掃除し、
床に掃除機をかけてくれる。
退院の前々日には、私の名前にBBが付いた診察券を渡された。
まだ名前のない赤ちゃんのものだ。
それを持って、1Fで1か月健診の予約をした。
友人がお子さんを連れて見舞いに来てくれた。
ちょうど出産を終えて1か月健診に来ている友人にも会うことができた。

退院の日は息子にも保育園を早退して来てもらった。
赤ちゃんを連れて帰るところを心に刻んでほしいのだ。
保育園から帰って突然、家に赤ちゃんがいたのでは、
まだ2才ではうまく事実を受け入れることが難しいだろう。

その日はほとんどの人が母子同室の部屋に移っていたので、
同室部屋の入り口で、お先に退院します、と大きな声で言うと、
少し経って、みんな出てきてくれた。嬉しかった。
お兄ちゃん、すごく大きいよねえ、と言われた。
大柄ではあるが、たぶんそういうことではなく、
新生児に見慣れて大きさの感覚が狂っているのだと思う。

晴れて少し風が強く、生暖かい日だった。
すれ違うたくさんのお年寄りが目を細めて笑った。
赤ちゃんにドレスを着せ、あまり風が当たらないように守りながら、
外へ出て車庫の前で待った。レンタカーに乗った。
ここからこの小さな人の新しい人生が始まる。

一週間ぶりに外の世界へ。すごく明るい。
今まで過ごしてきた世界は、二人目の産後も大きく変わらなかった。
息子を生んだ時には、この下界がずいぶんと別世界に見えたものだ。
見慣れた風景が全く別のものに見えて、何て輝いているんだろうと思った。
あのとき越えた世界に、今もいる。