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1年半の育児を振り返って

 

育てやすい子だった。
私と息子の相性が良かったのだろう。
本当は要求が多くて手のかかる子なんだろうが、
私には理解しやすく気にならないので、うまくいっていた。
最高のコンビネーションだと、生まれて最初から思っていた。

最初、生まれた時の産声の激しさを聞いて、
よく泣く子であることが、予想どおりで嬉しかった。
そしてよく飲む子。
病院では、ホワイトボードに、自律、と書かれて、
泣いたら呼ぶので勝手にやってくださいと言われた。
他の赤ちゃんは、決められた3時間ごとに、という感じ。
私が初めての授乳に戸惑っていなかったのもあるのだろう。
昼夜出続けて止まらない母乳でパジャマをびしょぬれにして過ごした。
安産だったので、体調も良い方だったようだ。

退院して家に帰ってきて、息子の泣き声のとんでもない大きさに驚いた。
耳にセミが飛び込んだような、人の心を大きく乱す周波数。この声で泣かれると、
心は焦り、慌てて何かをしなければいけないような心理状態に陥る。
負けない。
そう思った。私はこの強烈さにコントロールされない。
赤ちゃんは、おなかの外に出て不安で泣く、とよく言われるが、違うと思う。
何もかも世話してもらわなければ生きていけないから、全力で存在を訴える。
生きるために。
ママちゃんと育ててね、と大声で言っている。
そして全力で泣くことで呼吸の練習をしたりして運動している。
だから無理に泣き止ませなくてよい。

最初から夜にまとめて寝る子で、夜中の授乳は初めの2か月くらい。それも少しだけ。
夜中に起きても泣かず、私も自然と同時に起きて気づく感じだった。
つながってるなあと思った。
なるべく夫を起こさないように気をつけていた。
3〜5か月頃は、遅寝早起き、という感じになり、
6か月頃からは、21時に寝て7時に起きる、今と同じリズムになった。
最初から、寝かしつけはせずに、放っておいて勝手に寝る習慣だ。

夜によく寝るので、昼間はそれほど昼寝せず、ギャンギャンと泣きっぱなし。
あまりに激しくて、少し面白くなってくる。

私は、吐かれるのが極度に苦手なので、
ゲップ出しは慎重になり、ちょっと手がかかった。

出産祝いに友人からたくさんのプレゼントをいただいた。

息子を連れていろんな所に行った。
毎日、外出していた。粉ミルクを作って持って。
出産直前に家を引っ越したのもあって、近所探索や、外食をよくした。
そういった時に、よく泣くはずの息子はなぜかおとなしく、
よその人に対しても終始にこやかだった。
とても自立した性格のようで、4か月くらいから、
自分で哺乳瓶を持ってミルクを飲んでくれた。

育児は出産直後から、かなりの重労働なので、関節はガタガタ。
よく保育付きの整体に行って、その時は、よく泣いた。
ママがいじめられてる、とでも思ったのだろう。優しいなあ。

卒乳はすんなり。もともと粉ミルクも飲む習慣にしていたので、
9か月からフォローアップミルクに変えて、徐々に母乳を減らしていって、
1才になったら徐々に牛乳にしていって。
息子から何の不満も出なかった。

離乳食は、基本的にはよく食べるが、風邪などで食欲が落ちるのをきっかけに、
しばらく何も食べなくなる時があり困る。

人に対して愛想が良い。
人とのコミュニケーションに強い関心があり、
1か月頃から、何かモゴモゴと話しかけるような口調でおしゃべりをし、
よその人がベロベロバァなどあやしたりすると泣いた。
言葉で話しかけてほしいのだろう。

言葉が出るのも早かった。
意味のある言葉が出たのは6か月頃から。
9か月頃から少しずつ、大人との会話が出来るようになっていった。
誰にでもニコニコして、すぐバイバーイと言いながら手を振る。
家では一日中しゃべっているのに、外ではほとんど静かに笑っているのだった。

誕生。
首据わり。
寝返り。
ひとり座り。
つかまり立ち。
伝い歩き。
はいはい。
ひとり立ち。
よちよち歩き。
小走り。

今の息子はひととおり「赤ちゃん」を終えたようだ。
最初も今も、息子のことが大好きだ。

たくさんの愛と幸せが、ありがたい。