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2才、身を救う

 

今、不思議な体験をしている。
2才半の娘が、21時ごろ寝る前に大泣きした後、
「ねえ、お熱はかって。ねえ、はかってよー。」
と言う。私は、ちっともお熱なんかない、と言いながら、
言われた通りに体温計を差し込むと、
娘はすうっと消え入るように眠ってしまった。
体温は35度台。平熱は37度台なので、
1度以上低いことになる。

私はすぐに救急外来に電話し、
指示どおりに応急処置をしたが、
娘はますますぐにゃりとするばかりで、
緊急入院することになった。
もしも娘が黙って寝てしまったら、
私は朝まで気づくことができなかっただろう。

家の外に出ると、娘は意外にしっかり目を覚まし、
「きょうはバナナいる?バナナついてくるかなあ?」
と、空に三日月が出ているかどうかを気にしたり、
私と二人だけでタクシーに乗ると、頼りない声で、
「ねえ、パパは?パパ行かない?パパがいいー。」
と何が起こったのかを気にしたりしていた。

病院に着き、検査中はときどき「ママー。」と泣くのだが、
その合間に、「ねえお靴は?」と、
足に装着した器具が外れたことを自ら知らせるのだった。
医師からは、発熱の後にありがちな症状だが、
もし低体温にすぐに気がつかなければ心停止していた
可能性もあると告げられた。

2月から3か月にわたってインフルエンザに複数回感染し、
体温調節機能が弱った末の低体温なのだが、
娘はいつも病気がちなわけではなく、
入園以来初めての、病名の付く感染だ。
それに、子供なので、こういう時、
決して寝込んだりしているわけではなく、
保育園を休んでは、家の中を走り回って笑っている。
そんな元気な娘が、一泊入院。

この病室にどうも見覚えがある。
何年も前に上の子が生まれた時に入っていた部屋だ。
懐かしく不思議な気分になった。
私が初めて母になった場所だ。

2才半。
まだコミュニケーション能力は不十分ながらも、
自分の危機を感じる野生の勘は研ぎ澄まされ、
それでいて、危機を感じて発した一言は、
2才半にしては冷静で的確すぎる。
症状の不快感ではなく、対処法のみを私に指示している。
お熱はかって、と。

また、このことで、私も救われたのだろうと思う。
2月から一家で長引くインフルエンザで、私は疲労困憊していた。
そんな時に、知人から転職の誘いがあり、
それも運命を感じて、今夜にでも応募を送ってみようと、
だけど現在あまりに疲れきって体調が悪く、
この急展開に耐えうるものかどうかと、
今日さえもしのげるだろうかと、思っていたところだった。
諦めるも、また運命。

病院は人生のモラトリアム。
私は、たとえ看病で一睡も出来なくても、
自分は何の病気をしたわけでもなく付き添いで入院して、
日常から隔離され、日常のすべてを諦め、
この素晴らしい部屋で、ただ自分と向き合うことが出来る。
こんなに有難いことはない。
もちろん、3か月の看病の末の徹夜で、体は疲労の極地だが、
心は解き放たれる。

娘はいつも私を救ってくれていると思う。
いつも、私には見えないものが見えていて、
私を導いてくれているのだ。