:: rainbowdrops ::

さらっと書けない、つぶやけない、SNS

 

Facebookを書こうと何度もちらっと思うが、書かない。

例えば先日、新しい仕事に向かいながら、ちょっと楽しみで、ワクワクしながら、横浜の港のあたりの写真を撮って、投稿しようかと思いながら、すぐ到着してしまって書かなかった。

今の少しのワクワクは、今に限ったことで、明日はまた違う。毎日をワクワクしているという話ではない。そこまでは伝わらない。だったら書くの面倒だしまあいいか、となる。

これが日常会話だと、いちいち今の変化する思いを表現していろんなことを言うと、矛盾してる、とか、どっちが本当、とか、何人かに一人はつっかかる。多面的な物事のほんの一面の話が、全体の話になっている。それが面倒で何となく話さなくなる時がある。このFacebookも同じだなと思った。

前に、20年前の服で出社、って書いたら、太って服が入らない、と読み取った友人が複数。なぜそこまで飛躍する。たぶん友人たち本人の思いなんだろうけど。

もともと無口なので、取るに足らないことをわざわざ言葉にするのが億劫で、Facebookとか、さらっと書けないんだよね。

という話に対して、さらっと書いちゃえばいいのに、という反応が多数派な気がして黙ること多々。